山の頂上と小さいゴールのこと。

山登り、ハイキング, メンタル

先日、山に登ってきた。

彼は頻繁に行っていていろいろ詳しいので、私でも登れそうなところにって連れて行ってもらった。

とくに登山を趣味にしたいわけじゃないし、これからも映画とか海外ドラマとか追いかけて、インドアを極めていく予定ではあるけれど、前回のときに雪のせいで頂上までは登れずに帰ってきてたのが少し心残りだった。

そのあとすぐに春になってしまい、花粉症の私は山どころか外にも出たくないくらいだったので、リベンジしようと言いつつそのままになっていたんだけど、そろそろ大丈夫かなって。

今回は頂上まで登れたし、きれいな景色も見れたし、大満足だった。登山なんて子どものとき以来だし、何年も運動すらしていない私は若干体力的に不安があったんだけど、なんとか、数日の筋肉痛だけで済んだ。

頂上は風が強くてあまりのんびりはしなかったんだけど、景色を見ながら「達成感ってこういう感じなんだな」って思った。

 

 

思い返すと私はここまでの人生で何一つやり遂げることなく生きてきていて、全部が中途半端で、始めたことも少しも頑張ろうとせずに、楽な方へ逃げて生きてきた。

習い事もぜんぶ中途半端。絵もピアノも、水泳も。ぜんぶ中途半端。不登校だったので、内申点?だかがダメダメで、高校受験もしっかりしなかった。小学生のお遊びみたいな国語のテストがあっただけだった。勉強しなくても満点がとれるやつ。本当に。仕事も社員の仕事を数年で辞めて、そのあと何十個もバイトとか派遣とか…どれも途中で行かなくなって辞めた。

もう何もできないな。って自分がわかり始めてからは夜の仕事。それでもキャバクラは当欠罰金とかでぜんぜん稼げなかった。そのあと完全自由出勤の仕事にしたんだけど、働いたり働かなかったりでやっぱりぜんぜん稼げない。かなり頭おかしいことまでしてたのに、ぜんぜん借金減らないし…毎回、働けるときにばーーーって働いて「このまま頭か体がおかしくなったら死のうかな」って思って。

自業自得。本当にだらだら逃げ続けて、何も解決しないままここまで来たんだよね。達成感なんて味わうタイミングなかった。

 

こんな私が、まぁ、ひとりではないとはいえ、一回目の時に無理だった「頂上まで登る」っていう目標が達成できた。めちゃくちゃうれしかった。

前回も雪の中必死で歩いて、登ったのは途中まででもすごく楽しかったんだけど、どうしても「○○だから途中までって…私らし過ぎるな」って思っちゃって。もうそんな自分がおもしろくもあるんだけれど…。

ほらね、またダメじゃん。笑  っていう。

ここ十数年は自分自身に絶望するような事しかなくて、そりゃそんな自分は嫌なんだけど、そういう「またダメじゃん」がずーっと繰り返されるうちに、どうしてもそこから「今度こそ頑張るぞ!」みたいな気持ちが出てこなくなった。ここまで何もできないままで生きてくると、「私は何もできないんだから何もしたくない」に落ち着いてしまうみたい。

何かを頑張ってその後ダメにして、そのたびに周りに迷惑かけるなら、何もしない方がまだマシ。

マイナス思考とかそういうやつじゃなくて、今までの私を自分で見てきたうえでの教訓みたいなものなんだけど、こういう風に自分をぜんぶ諦めてしまう前に、今回の登山とか、もっと小さなことでもいいから達成感を感じることが一年に一回でもあったら、人間違ってたかもなーと思った。

 

達成感まで行かなくても、小さい成功みたいな「できたっ」くらいのものでも、少しずつ積み重ねることができていたら、自分への嫌悪感とか絶望感とか無力感とか、ここまでにはならなかった気がする。

 

以前の友人が「あんたの人生障害物競走みたいだよね。しかもトラックぐるぐる回ってるだけでゴールしないの。笑」って言っていたけど、そのとおりなんだよね。同じ距離を走るのでも、一周ごとにゴールテープを切れるなら、気分はぜんぜん違うんだろうに。

「次の一周もがんばるぞ!」とか思えるんじゃないかな…「もうちょっと早く走るぞ!」とか思うかもしれない。

十何年前の自分に会えるなら、言ってやりたいと思う。小さいことでも、なんでもいいから自分が達成感味わえる何か…ゴールできそうな何か、探せって、たぶんまだ間に合うからって。

そうそう、頂上からの景色は本当に綺麗だった。

天気も良くて、気持ちが良かった。

何回か転んだし、どうやら山にはまだ花粉が飛んでいるみたいだったけど、くしゃみしつつも楽しく行ってこれた。

もう覚えていないくらい久しぶりの小さな達成感は、くしゃみ鼻水が落ち着いても、筋肉痛が治っても、しばらくの間私の気持ちをふわふわさせてくれた。ごきげんってやつ。

こんなに遅くなってしまったけれど、今度は自分で自分のために小さいゴールを作ってあげようかなって思った。